相対的(2)

重い、軽いを善悪になぞらえるなら、

もうすぐお歳暮の季節だが、

昔はよく、缶詰とかハムとか、お酒とか

「おもたいもの」が、喜ばれる

みたいな風潮があった気がする。

 

昨今はそもそもお歳暮を贈り合う事自体が

少なくなっているように思うが、

それでも会社なんかでは、経費だから、

互いに贈り合っていることは今も結構多い気がする。

 

余談だが、

わたしにとってそういう「おつかいもの」的な

おやつが、甘くてくどくて、

あまり嬉しいともはや思えなくなっている。

 

甘いものが美味しいと思えないときは

基本的に精神的に非常に調子が良いので

今は以前に比べてかなりいい感じなのである。

 

・・・そういう感じで、

相対的、ということを

プライベートなシーンで理解した次は、

では、「公的」な世界における、

ある種の絶対性 というところに

どう立ち向かって生きるかという話に、なってくる。

 

たとえば、昨日の

飲みかけの豆乳を会社の冷蔵庫に入れていたら

知らない人が間違って倒して、棄ててしまった

 

という話があったけど、

 

この次にもし、「そういうあぶなっかしいものは

冷蔵庫にいれてはいけません」みたいなルールが仮にできたとしたら

それは良いことだろうか?というテーマがあるのである。

 

「私豆乳飲まないから関係ない」という問題では、ない(笑)

 

そういう、ちょっとしたゆらぎというものを

無駄だから、ということで、

そのクラスタに「最適化」させてしまうことは、

長い目でみたときに、そのクラスタ内の貧相さ脆弱さを強め、

そのことで必ず、相応のなにかに対処するはめになる

 

ということなんだ、、