タンパク、淡白、蛋白、tampak

ウィクショナリーで、タンパクの言霊をおっかけて、

いろいろ腑に落ちる。

 

「あの人はタンパクな人ねー」という言い方があるよね。

これは「あの人はお肉のようにこってりして消化に悪い重い感じね」

という意味ではもちろんなく、あっさりさばさばして、感情的な不快さがない

そういうニュアンス。

 

だけどこのことを丁寧におっかけていくと結構不気味。

この意味でのさらっとサバサバしている、というのは、

生気を失っている、心電図が「ツー」となっているニュアンスでの

とっかかり、起伏を失したニュアンス、ではなかろうか。

 

サラダ記念日、という某有名なキーワードがあるけど、

(そう、もともとは鶏の唐揚げ)

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B5%A5%E9%A5%C0%B5%AD%C7%B0%C6%FC

あれと、サラダチキン、など、野菜料理でないくせに「サラダ」

というキーワードが頻繁に使われるニュアンスも、同じにおいがする。

 

ワードサラダ、という言葉の印象にも、これがきっと絡む。

 

サラダの語源もおっかけたいけどちょっととっちらかるからおいておいて、、

 

ウィクショナリーでタンパクの音に近いものを探すと、

タガログ語のtampakがでてきた。

 

https://en.wiktionary.org/wiki/tampak

 

なかなか凄まじい言葉、、

「特許」「エビデンス」

「冷気や熱に晒す」という意味が並んでいて、

いままでのキネシスとエネルゲイア考察の集大成になる

キーワードらしい、としみじみしている。。。

 

そう、本来、表に晒すと死を意味するものを、晒している元型イメージ、、

 

経絡は、東洋医学ではあるものとして扱われているが、

決して、切り裂いてそれを証明することはできない。

生きている状態の人のそれを、ここにありますなんて証明できないんだ。

 

でも、証明できないからって、ないわけじゃない。

 

そういう

「証明できないからないんでしょ」

と嘲笑され続けた、

ありとあらゆるくやしさ

 

それに立ち向かっていく、これがわたしの、反転にまつわる原動力。